The Siren Song

ということで歯医者に行き始めてから1ヵ月以上経つのであるが、まだ完治はしていないわけである。

大体仕事の合間を縫って行っているわけで、そうそうフリーになる時間があったりするわけではない。挙句の果てには私と同じタイミングで歯医者もお盆休みに突入、というあこともあったりして、勿論休みは大事だから全く歯医者を責めるつもりは毛頭ないのだけれども、ちょっとすれ違いの日々が続き2週間近くブランクが空いてしまっている。

で、何もなければ良いのだが、まだまだ途中の状態のままで歯が放置(ことばは悪いが)されているわけである。ある程度の応急処置のようなものはされているのだが、permanentなものではなく、実にtemporaryなものである。痛んでくるのである、この歯が。

逆に全く歯医者に行ってなかった時の方がなんぼか楽だったなあ、とか思っても後の祭りであるし、何より本末転倒だから言わないようにする。本当は凄く言いたいのだけれども言わないようにする。長いこの暗いトンネルの先には必ず光があるはずだ。今は出口前の一番暗いところにいるのだ。だから痛いのだ。明けない夜はないし、夜明け前が一番暗いのだ。Marc Almondだってアルバムのブックレットでその言葉を引用していたではないか・・・。

と気を紛らわせようとして、まるでよくあるJ-Popのような応援歌のような言葉を吐き出してしまったのだが、そうでもしないと痛くてすぐ気が滅入ってくるので苦し紛れにそんなことをしているのだ。そうだ、あのいまだに根強くある全くもってリアリティを伴わない、白々しい金のために応援歌群を歌っている連中は、皆歯が痛いんだ。歯医者に行く暇がなくても良いから金を稼ぐために働かなければならないのだ。だから自分たちの気を紛らわせるためにあんな歌詞の歌を歌っているのだ。歯が治れば皆即、黒色エレジーとかThe Willardみたいな歌詞になるに違いない。そうだ、そうに違いない・・・。

しかし痛いのでThomas Feiner & Anywhenの「The Opiates Revised」を聴く。これはスウェーデン出身のThomas Feinerなる歌手が、以前組んでいたAnywhenなるバンドで出したアルバムの収録曲を入れ替えてDavid Sylvian主宰のSamadhi Soundからリリースしたアルバムである。彼の声はSteve JansenのアルバムSlopeでもフィーチャーされていて、そこに収められているDavid Sylvian等、強力な「声」の持ち主に全くひけを取らない渋いヴォーカルでちょっと注目していたのだが、この作品でも彼の渋い、そして美しい低音ヴォイスが嫌っちゅうくらい堪能できるのだった。David Sylvianばりの、とか書いてしまうとちょっと短絡的すぎるかも知れないのだけれども確かに彼やScott Walker、そしてMark Laneganにも通じる、伸びやかな低音のバリトンヴォイスなのである。加えて実にシンプルな、それでいてノスタルジックな生楽器による演奏なのだが驚くほど広がりがあって、実に映像にマッチするだろうなあ、とか思っていたら実際にDavid Sylvianが彼のことを知ったのも映画に使われた曲を聴いてだった、ということを知ってなるほどなあ、世の中色々な人がいるものだけれども同じようなことを思った人もいるのだなあ、としみじみしてしまった。また、声だけにおんぶに抱っこ、の音楽になっていないのはここに収められた流麗な美しいメロディの楽曲からも明らかである。決して、というか全然派手さはないのだけれども、それでもこちらの心をぐらんぐらんに揺さぶってくる素晴らしいアルバム。純然たる新作も聴いてみたいところである。ちなみにジャケ写のモデルはJean Cocteauでしかもアヘンを吸っている写真、という。間違いなさすぎる・・・。