Love, Love, Love ( Everyone )

ということで予告通り「インランド・エンパイア」を見てきたのであった。

私はそんなにデヴィッド・リンチに思い入れはない。作品もある程度見たけれど、そんなリンチマニアになってしまうほどではない。そんな私でもしっかりと3時間、飽きずに見れて、しかも楽しめたのだから、そういうリンチ信奉者の方々のみならず、一般層にもアッピールする映画なのだと思う。

と書いたものの、話の内容はよく分からない。というか「話」があったのかどうかすら怪しい。一応ストーリーはあるのだけれども、それにしてはそのストーリーとはまた別のストーリーが普通に何の切り替えもないままに入り込んできたり、どう考えても説明ができないような展開があったり、というわけで少なくとも映画の流れ的には5つくらいの世界があったように思える。それらがまた、人物があっちの世界とこっちの世界とそっちの世界を行ったり来たりしているような、そういう展開なわけだから、これはもう1回見なければならないのだろうか、とも思うのだが、否、もう1回見たところで結局印象は変わらないだろう、というのはほぼ間違いないのでしなくても良いであろう。

と言う映画なので訳分からんと言えば訳分からん世界なのである。しかしそれが稚拙な訳分からなさではなく、しっかりと入り組んだ上で故意に(まあ撮影の順番も全く決めずに最終的に場面を組み合わせていった、という仰天発言がリンチ本人からなされたりしているわけだが)各世界の境界線を曖昧にしているようなので、それをそれとしてハラハラしながら享受していけば良いのである。そういう意味では映画ならでは、の作品と言えるわけでだからこそ3時間飽きずに見れたのだと思う。途中お腹がみるみるうちに減ってきてしまって死にそうになったりもしたのだが。

そして何よりも不気味な表情のどアップやら(今回どアップが凄く多い)、眩いくらいのストロボ状態のライトとか、ずーっと鳴り続けているような低音のノイズやら汽笛のようなノイズ、突如切り込んでくる音、突如変わる画像の鮮明度、など様々な角度からこの映画の世界を構成する要素がこちら側に迫ってくるので、否が応にもこの映画の世界に引きずり込まれるを得ないのである。そしてそこからはなかなか抜け出せない。思わずパンフを買って読んで全貌を掴もうにもあの今野雄二先生ですら登場人物を勘違いしていると思われるフシがあるくらいなので結局全貌の何も、片鱗すら掴めず、何だか24時間以上経った今でも気になって気になって仕方がないのである。はっ、これがもしやリンチ・マジックとやらにかかってしまった証拠なのだろうか?

と、私は凄く面白く、楽しめたのだったが、隣の男性は途中寝息を立てていたし、前の列のカップルは1時間半過ぎた辺りでモゾモゾ(一体何をしていたのだ!?)したりしていた。かように人それぞれかとは思うのだが、見る価値のある映画である。

ちなみに唐突なダンスシーンがあって、それがこの全体が蠢いているような映画の世界の中で、意味が分からないながらも不思議な爽快感があって、思わず笑いが出そうなくらいであった。そしてエンドロールでのこれまたダンスシーンは、結局何だかよく分からない世界の幕切れとしては、異常にアンバランスなくらいにカタルシスがあって、それがこの映画を3時間見た挙句のご褒美だったように思える。それも含めて、「音」が凄く素晴らしい映画でもあった。音楽のみならず、上で述べたようなノイズやら何やらも含めて、である。やっぱ映画館で見れて良かったなあ、としみじみ思うのであった。

デス・プルーフ」は見れなかったのだが、と昨日のNag3でぶつけた怒りが復活しそうなのを抑えてAkron / Familyの「Love Is Simple」を聴く。Angels Of Lightの、というかSwansの、というか彼らも所属してるYoung Godレーベル主催のMichael Gira先生をして「世界最高のバンド」と言わしめた彼らの最新アルバムである。コンピ収録曲など何曲かは聴いたことあったのだけれども、アルバム通して聴くのはこれが初めてである。何でも「フリー・フォーク」やらという大雑把な括りの中に入れられがちなバンドではあるが、このアルバムではそんな括りで通すのはまず不可能だろう、と思わざるを得ないほど壮大な世界が広がっている。物凄い人懐っこいメロディで美しいハーモニーで歌い上げるナンバーがあれば、パワフルにバンドサウンドが鳴り響き、そうかと思えばなんだか呪術的な、土俗的な、そういう展開のナンバーに突入していったりする。それがアルバム中のたった5曲の内で起きてしまう。その後も物凄いフリーキーなエレクトリックギターが暴発したら、その勢いを保ったまま美しいロッカバラードに突入したり、というヴァラエティに富んだアルバムである。所謂フリー・フォークとか評されるような連中のアルバムを私も何枚かは聴いたことがあるが、なんだかグダグダだったり、雰囲気ものみたいな感じだったりして、寧ろ積極的にダメだったのだが、この連中は、まあそんな矮小な括りに収まる連中ではないにしても、しっかりと歌心があって、メロディがって、曲で勝負している勢いが感じられる。加えて演奏も実にパワフルな面が印象的で、民謡、というかどっちかと言えば百姓一揆みたいな、そういう闇雲なエネルギーが渦巻いているのであった。確かに謎ではあるけれども、それでいて人懐っこいのだから実に不思議な音楽である。Gira先生の気持ちも分かる、というものである。