Cut

というわけでチョコレイトの日も終わったわけである。無論この「チョコレイト」という表記はPerfumeの「チョコレイト・ディスコ」へのオマージュである、ということはこの際どうでも良い。

以前もここに記したとおり、最早そのチョコレイトに込められた思いに対する嬉しさ有難さを遥かに「チョコが食える」という食いしん坊の心持ちが上回ってしまった三十路過ぎの私なわけであるが、いただいたチョコレイト等は全て美味しくいただいている。

と書きたかったのだが、中には手作りのものもあった。こんな私のような者のために・・・(無論私のためだけでなく、他の人にも同じものが渡されているのは言うまでもないのだが)、と思うと非常に有難い。そう、「思い」は非常に有難いのである。ここが大事である。アンダーライン引きたいくらい大事である。

私は手作りでも何でも、そしてチョコに限らず大体のものは美味しくいただけるのだが、今回いただいたものの中には、流石に・・・、何と言うかキナ臭い、というか口全体にイヤーな香りが広がって後味も凄く、ちょっと、これは・・・、というものもあって大いに凹んでしまった。貰っておいて何様だ、という意見をお持ちの方にはそのチョコをお分けするので是非ご自身の味覚で判断していただきたい、と無駄に大きく出てしまうくらい、何と言うか、な感じであった。

本当に、手作りしてくださった思いは有難いし、本当に、貰っておいて何なのだが、思わずこのNag3で嘆きたいくらいの味だったのである。今日食べてみたのだが、実はこんな夜も深くなった時間だと言うのにいまだにちょっと気持ち悪い。もしかしたらこれは本当は憎まれてるんじゃないのか自分、と変に疑いの気持ちまで出てきてしまって何だかブルーである。と同時にこれは反面教師的な教訓として、私も人様に何かを供する際には気を引き締めていかないとなあ、と心に誓うのであった。

そんな難しい心持ちなのでMiranda Sex Gardenの「Fairytales Of Slavery」を聴く。94年のアルバムである。デビュー当初こそマドリガルをアカペラで歌う清楚な3人娘、という感じだったのだが、メンバーがコロコロ変わり、且つドラムスとかギター担当の男性メンバー等が入っていくにつれ、(一般的な受け止め方では)重ーく、暗ーく、なっていったグループ(という紹介も散々だが)である。否、「であった」、と形容すべきか。Einsturzende NeubautenのAlexander Hackeがプロデュースした今作は、その路線が完成されたような充実具合を見せる傑作である。しかし当時何かのレヴューでボロクソに酷評されていたので最近まで聴くのをためらっていたのだ。まあ、聴いてみた上での感想は、これをボロクソに言えるとは随分耳のおかしな方がレヴューしていたんだなあ、ということである。無論、私の方がおかしい耳である、という可能性も否定できないわけであるのだが。結構ダイナミックに畳み掛けてくるドラムスと緊張感溢れるコードを奏でるギター、そして時に美しい声で、時に狂女のような叫びで聴く者を飽きさせない女性ヴォーカルのコンビネーションが実に最高である。前作までに感じられた冗長な、散漫な感じ、そして単に暗いだけ、みたいな浮ついた感じは微塵もなく、どっしりと地に足のついた音楽を奏でている。そしてやはりNeubautenのF. M. Einheitもドリルだの何だので参加しているのだが、あくまでMSG(マイケル・シェンカー・グループの略ではない)の音楽の要素の一部として機能している点も高ポイント。そう、あくまでどこか上品な感じがするのが持ち味だったのかも知れない。Brecht / Weillのカヴァーにも熱狂、ってこの2007年にあっつく聴いている人もそう多くはないのかも知れないが、私のような人間にとっては大切な音楽が詰まっている。最近ゴスもののコンピレーションにも曲が収録された、という情報も入ったのだが・・・。