All That Money Wants

人間、自分のことを「悲劇のヒロイン」もしくは「悲劇のヒーロー」と思い込んでしまったら、ちょっとアレだなあ、と思う今日この頃である。「私ばっかり・・・」とか「俺ばっかり・・・」とかいう思い込みが、たぶんこの世の害悪の全てを生み出しているように思うのだ。

まあ、そういう思いというものは若干ナルシスティックな色を帯び、甘美であって、誰でも陥りやすいものであるがそれにどっぷりと耽溺してしまって、更に変な攻撃性を持ち始めてしまうと終わりなのである。

私?ええもうバリバリ「俺ばっかり・・・」の状態ですよわははは、というのは冗談としても、日常生活を送っているとついつい上記のような思いに堕ちて行きそうになる。それほど甘美な誘惑なのである。しかしそこで意を決して思いとどまることを止めてしまったら終わりだなあ、と一歩手前で踏みとどまることができるようになってきたように思う。歳と共にナイーヴさが失われてきたのか、それとも昔っからどてらい奴だったのか、そこらへんの真相は謎であるが。まあ何れにせよ、「自分だけではない」と思うことはは、どんな意味であれ、大事なことなのだな、とか考える秋の日なのである。

The Psychedelic Fursの「All Of This And Nothing」を聴く。私のファーズリアルタイム体験は、映画の主題曲にもなった「Pretty In Pink」である。ということは85、6年なわけで、決して早くはない。つまりバンドの後期がリアルタイム、ということなのである。何か人生で大事なことを逃した、そんな気分でいっぱいになってしまうのである、このベスト盤を聴くと。88年リリースでそれまでのキャリアの代表曲+新曲1曲、という構成であるが、これがまたとんでもなく格好良いのであるからして。The Psychedelic Fursは、私が思うに、どこにも属すことができなかったバンドなのだと思う。当時隆盛を誇ったねねねネオサイケ一派にしてはかなりきらびやかであるし、かといって王道ロックバンドというには若干翳りが強すぎる。パンクというには落ち着いていて、ポップスというには棘がありすぎる、ということで私にしては珍しくカテゴリー用語をびしばし引っ張ってきてみたが。しかしそれ故に独自の道を歩んでいるような力強さがこのコンピからは感じられる。どんどん洗練された時期を経て、危なく過剰になる寸前まで進んだが、ここでの(当時の)新曲は生々しさが満ちていて、方向転換の意志が感じられる。実際この後の89年作「Book Of Days」は重厚なバンドサウンドに彩られた傑作だったことを考えると、バランス感覚に長けていたバンドだったのだろう、ということは十分伺える。どの曲もメロディアスで印象的、またRichard Butlerのカスレ美声によるヴォーカルも、一度聴いたら忘れられないくらい強力なのである。そういえばLove Spit Loveってどうなったんだろう・・・?