Breakout


日頃から「感動しろ!」的なものには嫌悪感を抱いてしまう天邪鬼な私ではあるが。

例えば新聞の投稿欄の70過ぎの主婦による夫へのメッセージ的な投稿とか、老夫婦の定年後の話とか、娘・息子から年老いた親へのメッセージとか、そういうのを読むと胸が熱くなってきてじーん、と来ることに気づいた。最近気づいた。

思えば今「感動せんかい!」的なのってもしかしたら若者系のが多いかも知れない。つまり若者が主人公だったり、若者向けだったり。もしかしたらそういうのに対して嫌悪感を抱いていたりしているのだろうか私。上記新聞の投稿など、そういう年齢層高め系にはじーん、となりそうな自分がいるにも関わらず、である。

そうか、もう「感動しやがれ!」の対象ではなくなっていたから、「何が感動じゃあ」となっていたのか、とふと気づく。しかしそれはもしかして若さへの嫉妬の変形版として表出してきているのかも知れない、と考えるとぞっとしてきたのでその線は考えないでおきたい。
The Theに「Jealous Of Youth」って曲があったっすね、とお茶を濁しておきたい。

何か実年齢よりも早く老けが来てしまっているようでいかんのう、と今回の発見を機に気を引き締めていきたいところである。The Red Krayolaの「Introduction」を聴く。こういうのは素直に老若男女問わず大感動、であろうが。7年ぶりのアルバムですか。その間も私(たち)はコンピやらサントラやら来日ライヴやら、毎年、毎日The Red Krayolaのことを考えて過ごす日々だったわけで左程のブランクは感じていないのであるが。主観的すぎますかね。そう、7年の間にも旧作を聴き込んだり、インタヴューを読んだり、会話の話題になったり、と方時もThe Red Krayolaを忘れたことはなかった。そこにこの新作である。ぎにゃー。凄い。凄すぎるアルバムである。前作が結構アブストラクトなアルバムだったように思えるが、今作は靄の晴れたような、そういう痛快な作品である。あ、勿論前作が良くなかったと言っているわけではない。ベクトルは違えど、やはりThe Red Krayolaの音楽なのだった。ただ、こういった歌もの(と大雑把に言って良いのか)としては「Hazel」もあったし、結構あるのだが、そういった同系統の(と考えられる)作品とも今作はダイナミズムの点で大きく異なるように思えるし、何かとても前のめりな姿勢が感じられるので素直に舌を巻く。思えば40年のキャリアでThe Red KrayolaというかMayo Thompsonたちは真四角ではなく微妙に平行四辺形がかった建物を作ってきた。ときにピッチを早め、ときにゆっくりと、様々な人々が出たり入ったりするような、そういう平行四辺形の建物を作ってきた。それが今作では、平行四辺形のままなのに、遂にテナントがびっしりオープンして賑わいが増したような、そういう感じなのである、って頭おかしいような喩えで訳分からんかも知れないですが。平行四辺形の六本木ヒルズのような、って更に訳分からんですな。ま、早い話がこんなアルバムを聴けるなんて生きてて良かった、と大いに感動した、ということなのである。相変わらずの曲のメロディと交わりそうで交わらないMayo節も炸裂。